ブログ~和スタッフからのNEWS~

名画を塗ろう~ボッティチェリのヴィーナスの誕生~

2015.11.25 美術・文芸レクリエーション



デイサービス和のレクリエーションで

地味ながらも一部の人たちに人気のある「名画を塗ろう」シリーズ

今回は初期ルネサンス期の画家・ボッティチェリの大作

「ヴィーナスの誕生」を塗り絵で描きます



ルネサンス期の三大巨匠といえば

レオナルド・ダビンチ、ラファエロ、そしてミケランジェロと言われていますが

ボッティチェリも負けてはいません

明確な輪郭線、そして繊細で優美な線描手法は

厳格な古典リアリズムを作風に持つダビンチたちの手法と一線を画しており

今もってなお、見る者の心を魅了し続けています



デイサービス和においても、

この「名画を塗ろう」シリーズが利用者さまの評判よろしく

人気を博している理由もそんなところにあり、

幼稚な塗り絵を描くよりも断然、

名画と呼ばれる作品を塗る方が

絵心を刺激するというものです



と言っても皆さま、

原作に忠実に色を塗られているのではなく

それぞれが、それぞれの個性を画用紙に投影させ

自分なりの色使いで作品を描かれているのには

驚かされます

それはそれで凄いことなんですよね!



おそらく私が同じ作業をするならば

一生懸命に

原作に忠実に、色を塗っていこうとするのでしょうが

どんなに忠実に原作の色を出したところで

所詮はレールの上を走っているだけ

そんな風に考えると

ヴィーナスのブラウンの髪の毛を紫に塗ったり

単色の貝殻の模様を色とりどりに塗ったりと

その破天荒な皆さまの色遣いに

皆さまの人間の大きさを感じずにはいられません

そもそも芸術とはそんなもので

人と同じことをしても単なる猿まねに過ぎないのです

そこには自分らしさの欠片も介在していません



それは仕事や学業だって同じことで

言われたことを、訳もなく忠実に、こなしたところで

それは単なる苦役に過ぎません

面白くもへったくれもないはずです

就業時間の鐘が鳴ると、とっとと帰りたくなります

それはそれで労働者の権利なのでしょうが

なんだか後姿に哀愁が漂っているように思われます



ちなみに上の写真のカトリーヌさんは

とっとと帰ろうとしているのではなく

休みでありながらも、仕事が気になり

わざわざ和にやってきて仕事をしようとしているところです

まさに和の誇るモーレツ社員!

皆からは、私生活が余程暇なんだと馬鹿にされていますが

そもそも芸術家とは死んで初めて認められるもの、

くじけず、己の信じる道を突っ走ってもらいたいものです!



ちなみにデイサービス和のヴィーナスといえば…

マニアックな一部の利用者さまに人気のあるこの二人!



楽しく仕事をしているようです




インドの山奥で修業を積んできます

2015.09.02 美術・文芸レクリエーション



9月になりました 

秋というには、まだちょっと早すぎるような気がしますが

本日の和のレクは季節を先取りして

芸術の秋と洒落込んでみました

題して「画伯になろう」

職員の顔をデッサンします



現物より、はるかに素敵な作品の数々が

デッサンされていました

現物を忠実に模写するのではなく

モデルとなった職員への作者の気持ちが

作品に投影されているような気がします

心優しい職員には柔和なイメージが付加され

根性の悪そうな職員には

この世のものとは思えない様相となって表現されています



気持ちは正直です

そこには嘘、偽りが一切なく

一人一人の職員の特性が端的に表現されているとしか言いようがありません



こんなの私じゃないわ!

そう叫んでみたところで

自分のことを最も理解できていないのは当の本人だけなのです

哲学の根本に流れる主観と客観の一致は

永遠に交わることができないのです

そして、このように目を伏せておきたい現実を

見の前に叩きつけられると

自己のアイデンティティが崩壊し

気が変になってきます



それでも情容赦なく襲ってくる

自分が知らなかったもう一人の自分の姿…

昔はモテモテ街道一直線だったという職員Wさん

残酷な時の流れの中に見事、撃沈!

顔がひきつりまくっていました



憧れの介護職員になって8ヶ月目のTさんも

無駄な抵抗を繰り返していました

これ、私じゃないですよね!

ね!ね!ねっ!

お願いだから私じゃないと言ってください~



さらに別の利用者様からも、こんなふうに描かれ

Tさんも見事に、撃沈!

明日から有給休暇をとって

インドの山奥へ自分探しの旅にでかけてきます!



そうですね

がんばって、修業を積んできてください!?



秋は物思いの季節です

センチメンタルジャ~ニ~♪

百人一首で遊ぶ~あっぱれじゃ!~

2015.06.06 美術・文芸レクリエーション

今回は、なごみ初の百人一首です。

果たして成功となるか・・・

スタッフも、どきどきの百人一首大会のはじまりです。



「小倉百人一首」は、今から1400年前の飛鳥時代の歌人から、

800年前の鎌倉時代の歌人まで、

総勢100人の歌人が選ばれ構成されています。

「小倉百人一首」の選者は藤原定家

(ふじわらのさだいえ、別名「ていか」と音読されます)という方です。



定家さんの歌友達に、

宇都宮蓮生(うつのみやれんしょう)という方がいました

蓮生さんとは自分の息子を蓮生さんの娘に嫁がせるほど、

二人は仲がよく、

現在の京都嵯峨野の近くの小倉山に蓮生さんが別荘を建てられた時、

別荘の襖(ふすま)の飾りに、百人の和歌をひとり一首ずつ選んで欲しいと、

定家さんに頼まれたのが百人一首の始まりと言われています

ちなみに選定したのが小倉山の別荘だったことで、

「小倉百人一首」とも呼ばれています。




そんなウンチクを皆さまに説明すると

皆様「へえ~っ」とそっけない返事、

そんなことより、早く始めましょうよ!

と始まる前から皆さま、血気盛んなご様子でした



皆様があまり乗り気でなかったら

「坊主めくり」でもしようと思っていたのですが

百人一首が始まるや皆様の目は真剣!

「ふぉっふぉっふぉっ。苦しゅうない、けっこうけっこう。」

とは言われませんが、最年長のY様が審判となって

いよいよ試合が始まりました



百首の中には恋の和歌が四十三首もあり、

女性だけでなく、男性の歌も多く含まれています。



「素晴らしい歌も、沢山ありますよね。」と

あまりにも白熱する雰囲気を鎮めようと

歌の内容も鑑賞しましょうと、

声をかけてみても

皆様、見向きもされません



ただ勝つことのみ!

どうだぁぁ~!



すると職員も負けじと身を乗り出して札をとります



ここまで盛り上がるとは夢にも思っていませんでした



ただ監査役のY様だけは、

誰かズルをしないか真剣に試合を見守っておられました



ちなみに、カトリーヌさやか先生は

テーブルの上に身を乗り出したとかでイエローカード!

激しくY様に怒られていました



そして戦いが終わるや

あっぱれでごじゃりましたと和の長老Y様、

カラカラと笑い声をあげながら場をしめられていました



                           文責:まつたかこ

モナリザを描く~世の中を支配する黄金比~

2015.05.19 美術・文芸レクリエーション



本日はレオナルドダビンチ作「モナリザ」を

原画と照らし合わせながら塗り絵で描いてみました

それぞれ個性のある描き方をされ

お一人おひとりの特徴がモナリザを通じ

良く表現されているように思えます



笑いもなければ、ホントに地味なスケッチの会なのですが

たまには、こうやって黙々とデッサンに打ち込んでみるのも良いものです



さて、モナリザと言ったら究極の美の代名詞として

人口に膾炙されている世界的に有名な絵画です

美術に興味がない人でもおそらく、

モナリザを知らない人はいないでしょう

人間の心を魅了してやまないモナリザ…

いったい何故にモナリザは

こうまで美しいのでしょうか?



それが絵画であれ、音楽であれ、造形物であれ、自然の風景であれ、

美しいと思う観点は人それぞれに違うと言ってしまえばそれまでですが、

私たち人間がある対象物を美しいと思う構造には

一つの法則が隠されているのだといわれています

それがつまり「黄金比」といったもので

比率に直すと1対1.618…(およそ5対8)の割合になるのですが

この比率こそが究極の美の比率と言われています

エジプトのピラミッド然り、ギリシャのパルテノン神殿然り

ミロのビーナス然り、

ありとあらゆる美の構成がこの黄金比に支配されているとのことです

身近のものでいえば名刺を始めカード類の縦横比も黄金比で作られています



それでは黄金比率が示す1対1.618…といった比率は何なのかといった問題が出てくるのですが

それは人間が作った創作物に限定される話ではなく

自然界のいたるところにこの黄金比が存在しているといっても過言ではなく

例えばミツバチの群れにおけるオスとメスの個体数の比率は

世界中、どのミツバチの巣を探しても黄金比になります

人間の遺伝子を形作るDNA分子を測定した結果

そのらせん構造の一単位の長さと幅の比率が約1.62であると判明しています

人間の身体だって、身長とへそから下の比率、

肩から指先までの長さと、肘から指先までの長さの比率

腰から床までの長さと、膝から床までの長さの比率、

それだけではなくて手の指、足の指にいたるまで黄金比で構成されています



フィボナッチの法則というものがあります

1と1を足すと2になります

2を一つ前の数字である1で足すと3になります

3を一つ前の数字の2で足すと5になります

5を一つ前の数字の3で足すと8になります

そうやって一つ前の数字を足していくと

前の数字との比率が限りなく1対1.618…に近づいていきます



この数列には重大な意味が隠されており

例えば樹木の葉のつき方や枝分かれの仕方がこの数列に沿って数を増やしているのです


下図のように1対1.618で構成された長方形を黄金長方形と呼びますが

短辺である1で作った正方形を切り取ると

残った長方形は変わらず黄金長方形になります

そしてまた短い辺の1で正方形を作り切り取ると再び黄金長方形が生まれます

それは永遠と続いていきます

そして次々と作られた正方形の対極を結び合わせていくと

下図のような螺旋が生まれてきます




この螺旋を対数螺旋と呼びますが

この対数螺旋の構造は巻き貝の中でも最も美しいといわれている

オーム貝の形状そのものとなります

ひまわりの種の付き方も対数螺旋の法則にのっとっています

この微妙な対数で螺旋を構成しない限り

ひまわりの種はあんなに美しく種を密集させることができないそうです

それは台風の渦の巻き方も対数螺旋にのっとっています

はるか宇宙の銀河の渦巻きも対数螺旋の法則に乗っかっています

何から何まで黄金比率に支配されているような勢いです

どこかに神様の意志でも働いているのかもしれません


結論です

モナリザはなぜ美しいのか?

作者であるレオナルドダビンチは

この黄金比を誰よりもこだわった人でした

作画の中には限りなく黄金比率が散らばされ、

かのように構成されています



おわかりでしょうか?

わかったような、わかっていないような…

もしモナリザより、この子達の方が断然美しいと思われるなら

それはそれであなたの自由でしょうが…








中原中也を読む~幾時代かがありまして~

2015.05.10 美術・文芸レクリエーション

本日のわくわく健康体操教室は

三十歳の若さでこの世を去った夭折の天才詩人、

中原中也の「サーカス」という詩を音読しました



 幾時代かがありまして 茶色い戦争ありました

 幾時代かがありまして 冬は疾風吹きました



で始まる「サーカス」の詩は中也の代表的な作品の一つです



おおよそここで描かれているサーカスとは

今日でいうボリショイサーカスのような

エンターテーメント性を押し出した華やかなショーを示唆しているのではなく

うらびれたどさ回り的なサーカスショーを示唆しているものと思われます

今日では見かけなくなった「見世物小屋」のような雰囲気です

私は体験したことがないのですが

利用者様の世代では子供の時分、縁日の会場には

決まってこのようなサーカスショーが開かれていたということです

どこかしら、うらびれており、悲哀を伴った艶やかな世界が

幾度となく戦争が繰り返されていた当時の時代を背景に

より一層の存在感を増していきます


 幾時代かがありまして 今夜(こよい)ここでのひと盛り

 今夜ここでのひと盛り



と「サーカス」は本題に入っていきます



利用者様の脳裏をかすめるのは遠い昔、

子供の時分、親に連れられて見に行ったサーカスの思い出…

文学作品には下手な回想法と違って

無限のイマジネーションをつかさどる魔力があって

皆さま、同時代性を有する中原中也の世界に没入されていきます


 サーカス小屋は高い梁(はり) そこに一つのブランコだ

 見えるともないブランコだ

 頭倒(さか)さに手を垂れて 汚れ木綿の屋蓋(やね)のもと

 ゆやーん ゆよーん ゆやゆよん





しかし大人になるにつれ世の中の仕組みが見えていき

子供の時分に味わった感動は誰もがそうであるように

陳腐に見え、色あせていきます

あの時味わった感動は二度と戻ってきません

世の中が見えてくるとは、そんなことなのです


中也に言わせると

あれだけ華やかに映っていたサーカスの花型ともいえるブランコでさえも


 それの近くの白い灯が 安いリボンと息を吐き

 観客様はみな鰯(いわし) 咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻と

 ゆあーん ゆよーん ゆわゆよん



となってしまいます




そして「サーカス」の詩はかのように閉じられます


 屋外は真ッ闇(まっくら) 闇(くら)の闇(くら) 

 夜は
劫々こふこふと更けまする

 落下傘奴らくかがさめのノスタルヂアと

 ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん




なにかというと中原中也はこの詩を朗読するのが好きだったようです

皆さまにおきましても、大きな声で

中原中也の詩を音読されていました

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